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野崎島は、ほぼ無人の島です。
安全快適な島旅をお過ごしいただくため、野崎島ご来島にあたっては、こちらから必ず事前の届出をお願いします。
野崎島の真価は、美しい風景の中に隠された「物語」にあります。
単なる散策では気づけない深い歴史と感動、そしてほぼ無人島での安全のためにも、野崎島を深く味わうなら、ガイドツアーへご参加をオススメしております。
■旧野首教会と野崎島の集落跡ガイドツアー
■沖ノ神嶋神社と王位石の参拝 特別ツアー
■野首から舟森へ、信仰の里道を行く特別ツアー
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野崎島にもかつては、野崎・野首・舟森という3つの集落があり、昭和30年代には650人以上の住民が暮らしていました。戦後の復興から迎えた高度経済成長期、自給自足で暮らしていた島にも電気が通り、お金がないと生活できない社会になりました。そのころ200人程の人口だった野崎島では、現金収入を得るため多くの人々が出稼ぎにいき、そしてやがて島を離れました。高齢者も、島を出た子どもの元へ越していきました。そして平成13年、当時最後の住民であり島を守り続けてきた沖ノ神嶋神社宮司の離村により、人の営みの灯が消えました。現在は、簡易宿泊施設・休憩施設「野崎島自然学塾村」の管理者以外、無人の島になっています。

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世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の中で、野崎島は極めて特殊な価値を持っています。それは、ここが「神道の聖地への移住」という、他に類を見ない潜伏形態をとった場所だからです。野崎島には、野崎集落の人々が信仰した「神道」。そして、野首集落、舟森集落の人々が信仰した「キリスト教」と2つの深い信仰がありました。
もともと野崎島は、古代から続く「沖ノ神嶋神社」の神域であり、神官と氏子だけが住む厳格な霊地でした。島の北部、山に覆われた山中には海に向かって沖ノ神嶋神社が社殿を構え、その後方には「王位石(オエイシ)」とよばれる24mにもなる鳥居型の巨石がそびえ立ち、聖なる場所として野崎島をはじめ小値賀本島からも崇められてきました。
19世紀、迫害を逃れてきた潜伏キリシタンたちは、あえてこの「聖地」を安住の地に選びました。彼らは沖ノ神嶋神社の氏子となり、表向きは熱心な神道の信徒として振る舞うことで、文字通り「潜伏」したのです。昼は神社の行事に参加し、夜は密かに祈りを捧げる二重生活。神道の聖域という不可侵性が、皮肉にもキリスト教の信仰を守る最強の「盾」となりました。
禁教令が解かれた後、彼らはカトリックに復帰し、わずか17世帯の自分たちの集落に堂々たる教会を建てました。島の中心部に位置する野首集落跡には、潜伏キリシタンであった住民たちが建てた旧野首教会が高台から海を見渡しています。
集落跡に残る神社の鳥居と、空に伸びる教会の十字架。
野崎島に残る風景は、異なる二つの宗教が奇妙に、しかし巧みに共存し、信仰の灯を守り抜いた知恵と強さの証です。
世界文化遺産 長崎と天草の潜伏キリシタン関連遺産
「野崎島の集落跡」

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野崎島のみどころ
沖ノ神嶋神社

王位石

旧神官屋敷

旧野首教会

舟森集落跡

野首海岸

見えない物語を歩く。

野崎島ガイドツアー詳細はこちらから
