Vol.17
PEOPLE
Jul 14, 2019
海士漁・魚醤作り factory333 吉岡美紀さん
一足はやい海士の夏

まだ肌寒いような5月中旬。
近所を歩くと軒先に「だっこちゃん」と呼ばれているウェットスーツが干されているのを見かけます。
海士(あま)漁が行われているしるしです。

海士漁とは素潜りでの主に採貝漁のことで、決められた漁期の間に、海士として漁協から認められ行使料を納めた漁師たちが、アワビやサザエ、ウニや石鯛をはじめとした水産物を獲って漁協に水揚げする漁業のことを言います。

日本では女性の海女さんがよく知られていますが、おぢか島では昔から男性が担ってきました。

漁の解禁前には、それぞれ所属する地区の神社に海士(あまし)たちが集まり、「願立て」が行われます。
願立ては、お供えしたお神酒を飲み石鯛のお刺身を食べるといったささやかなものですが、海士漁へと気持ちを高める大事な儀式です。

息のできない海の中は人間にとっては異界。
そこへ身ひとつで飛び込み、ひとりで自然と対峙して糧を得るということへの畏怖と、それ以上のよろこびとを身体で思い出しながら、潜ることへの期待感で満ちていきます。

昔はアワビがよく獲れ、ウニの身入りも良く、食べられる海藻もたくさん茂っていて、その時期の海士漁の収入だけで一年ゆっくり暮らせる程のものだったと言います。

「もう何十年も昔じゃけどな、海の中にある洞窟の中に入っていって上を見上げたらアワビがたくさんおって、はぉー、星空みたいじゃったよー!」と、昔の大漁自慢や海で見る不思議な光景を目を輝かせ嬉々として話す、よく日に焼けた頑丈そうな漁師たち。

その表情は海からの恵みを無邪気に喜ぶ悪ガキのようで、海の神様がこの人たちを愛する気持ちが少しわかるような気がします。

しかし今では、そんな話や光景も夢と幻。朝から夕方まで一日中泳いで何百回と息を止めて潜っても、割に合わない日もあります。

「そっちはおるかー?」と離れたところで潜る海士の声に、息を切らしながら「おらんよー!」と答えるとき徒労感は募り、今日の食い扶持が確保できるのか、何度潜ってももうダメなのではないか、もういっそ辞めてしまおうかと絶望もします。

それでも潜ることがやめられないのは、ソーダゼリーのようにきれいな島の海に包まれる爽快さも、触れそうなくらい間近で泳ぐ魚や時にはウミガメが起こす筋肉の振動を得る感触も、悠々と泳ぐ魚たちにからかわれながら水面目指してきりきりと浮上する苦しさも、海にただ浮かんで自分の呼吸音だけを聴く静けさも、構えた銛の先にいる魚と視線で命を交わす緊張も、自分自身が生きているとわかる一瞬一瞬が貴重な体験だからだと思います。

近年、豊かだった時代とは比べものにならないくらい獲れ高が激減し、昔はあまり見かけなかった魚が増えるなど、海の中の様子が大きく変化していると漁師たちは口々に言います。

水揚げして換金できない魚であっても持ち帰り、こうすればどうかなと試しながらまかないをつくることは、とてもたのしくおいしくて心の底から満ち足りた気持ちになります。

これを書いている自分自身は海士でもありますが、漁期でないときは魚醤をつくっています。その魚醤には、市場では価値がないとされる「問題児」の魚を積極的に使います。

変わりつつある自然環境の中でやわらかく生き抜いていくこと、資源は減りつつありますが、今あるものに新しい価値を見出すこと。
恵みを無駄にすることなく心ゆたかに生きる、という海士漁で得た体験が魚醤づくりに注ぎ込まれています。

屋号であるfactory333(ファクトリーサンサンサン)には、海をキラキラと照らすお日さまのイメージを込めました。
うちの商品を味わってくださっている方々や、自分と関わってくださっている方々に、こんな生き方をしているんだよということが少しでも伝わっていればうれしいです。


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factory333 吉岡美紀

小値賀島にて魚醤づくりと海士漁を行っています。魚醤には市場で価値のつきにくい「問題児」の魚を使っています。限りある資源を大切にしながら島の新たな価値を生み出す。それが海と生きるfactory333のテーマです。電話が通じないときはたいてい海の中にいます。

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